非日常から


炊事洗濯風呂掃除、ゴミ捨てに稲の苗に水をかける、年を取るとやらなければならない事がおおくなった。若い頃は出された食べ物をただ 黙って食べてしまうだけだった。
美味いともまずいとも言わず、食材にも調味料にもまったく関心がなかった。今にして思えば せっかく腕によりをかけて作った料理に、一声掛けてもらいたかっただろう つれあいの気持ちに申し訳なく思う。魚を釣って来たらクーラーごと渡すと さしみになったり 干物になったりして食膳にのるのを昨日の続きの今日のように、当たり前だと感じていた。そんな日々が続いて、この春金婚式を迎えた。五十年経ったら、当たり前の事が当たり前でなくなった。連れ合いが病になりうごけなくなった。このときから 当たり前でない事が日常化された。
 エンドウ豆の入った飯が食いたい、入れる食塩の分量と豆を入れるタイミングが判らない。漬け物を作る時 野菜に加える塩の量と期間が判らない。ありがたい事に病とはいえ 頭と口の回転はなめらかだ。やり方を教わりながら台所まわりをうろちょろする。味噌汁が美味いとほめられて、嬉しくなってる自分を発見して、驚くこともある。外で食事をしたら その食材と調味料、料理法等に気をめぐらして居る事がくせになってきた。耄碌してしまうまでは 進化を続ける能力が人間にはあるのかもしれない。毎日ヨーグルトを作り 甘酒と混ぜて湯飲み一杯飲み続けて一年有半、朝の日課となった。
   2013年5月21日火曜日

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