ルソンの少女

TOSHIBA Exif JPEG






お前が 我が家の一員になったのは
平成十六年 一月十六日
雪の降る日だ
ルソン生まれのタガログ人
あと三ヶ月で 八歳になろうとする時だった

全身 あざだらけであった事を
覚えている
そのあざの謎を
長い間しゃべらなかった

もうすぐ二年生だというのに
ひらがなを一つも読めず
一桁のたし 引き算をしらなかった
台所にしゃしゃり出て
手伝いをしたがった






早速 いじめにあったが
学校は休まなかった

おじいちゃんと風呂に入り
百まで数え 
かけ算の九九を暗唱する
そんな日々が続いた

かけ算の九九がうまく言えるようになった頃
体中に石けんを塗り
泡だらけにした事があった
その泡の中から
小さなイボが二つ見えた








こんな所にイボがある
イボじゃないよおっぱいだよ
こんな 小さいのは
おっぱい とは言わないよ
明日おばあちゃんと入ってみろ
そしたら判るよ

おばあちゃんは
大人だから おっぱいでしょ
私は子供だからコッパイだよ
イボじゃないよ

そうだよ
お前が発明した
新しい日本語だね
いつか
コッパイが
おっぱいにかわる日がくるだろう

二桁の繰り上がりと繰り下がりの
計算を学校より早く特訓して
学校から帰ったとき
今日は誰よりも早く手が挙がったよ
そう言って笑った
いじめが終わった瞬間だった

学校から帰ると
机に向かうという習慣ができたのは
この頃からだ
しっかり勉強すると言う約束を
果たそうとする姿があった

タガログ語は日本語と交換したんだよ
だから 忘れてしまった
そう言ったが
得意な日本語は
何それ だった

休みの日には
海の見える岡の上や
山を超えて
分校のある港町へ
三人でトレッキングに出かけたのは
心を一つにするためだったが
お前には判らなかっただろう

学校から帰ると
おばあちゃんは?
そう言って
おばあちゃんに
ただいま
そう言って家に入ったのを
覚えているか

おじいちゃんと二人で
農作業をし 疲れたら
小川にはいって 水遊びをしていた
お前のうれしそうな顔を覚えているよ

町に出ると
日本語がわかりますか
と たずねられたが
おじいちゃんもおばあちゃんも
お前が ルソンの生まれである事を
忘れて暮らしていた

四年生の秋
村祭りの神輿の前を
大きなうちわを持って
先導したのを
覚えているか

村の誰にも挨拶をし
お前と畑にいると
警察がスピードを落とし
手を振って通りすぎたのを
おじいちゃんは覚えている

正月になると
いつもお前に
お年玉を持って来てくれた
柴山のおばあちゃんの事を
覚えているか
もう九十歳になって
家までは来れなくなったが
お前の事を心配してたよ

おばあちゃんが作ってくれた
胸にばらの刺繍のある
白いドレスが大好きだった
それを着てお出かけしたがったのを
おばあちゃんは 思い出すと言う

そろばんの塾に通い始めて
一年がたち
五級に合格したよと
大声で 興奮気味に
帰って来た事を覚えている
お前が一番輝いていたころの事だ

卵焼きと あんこ作りが好きだった
味見をしなきゃ料理がうまくならない
おばあちゃんがそう教えたと言ったが
おじいちゃんには 
味見が好きなように見えたよ
おばあちゃんの 脇の下に首をつっこんで
うっとりするのが大好きだった
おじいちゃんのおばあちゃんだから
あまりくっつくな と言うと
ちがうよ わたしのおばあちゃんだよ
と すぐに反撃した

正月
餅をかじりながらお茶をのんでいると
テレビを見ていたお前は
おじいちゃん
今日は 手振屋さんが出ているよと言った
時々 テレビに出て
手 だけ振っている人たちだよ

振り返ってテレビを見ると
見覚えのある老夫婦が
右手を上げ
弱々しく左右に振っていた
教える事がたくさんあると思った

足腰の痛みをがまんして
おばあちゃんは参観授業に出かけ
おじいちゃんは
運動会の前の草刈りに
出かけたのを覚えているか

ビザの書き換えに長崎まで行き
一生懸命勉強して
病院のお医者さんになり
おじいちゃんとおばあちゃんに
ご恩返しがしたい
そう 書いて出入国管理事務所に
提出した日の事を
忘れはしないだろう

六年生になった五月の終わり頃
突然 異変が起き
お前は勉強をしなくなり
机の前で考え込んでいる事が多くなった
里帰りの必要を感じたのはそのためだ

秋
卒業前の記念にと
平戸島三十五キロ縦断の
ハイキングがあり
家族も参加を頼まれ
お兄ちゃんと おじいちゃんが
一緒に歩いた

おにいちゃんは足にまめを作って大変だったが
おじいちゃんも
七時間かけてゴールに着いた
七十五歳のハイキングだった

寒い冬の日が続くと
おばあちゃんの湿布薬を持ち出して
これ 使っていい?
そう言って 足に貼っていた

ある日
これは 絶対言うまいと思っていたけど
そう言って泣きながら
足が痛む理由を話した

ある朝
みんなで 弁当を持ち
近くの公園に出かける事になったが
おまえは家にいろといわれ
一緒に行きたいと泣いたんだ
そしたら ママに押し倒され
敷居の上にあった足の上にママが乗り
ごりごりにやられたんだよ
それから
冬になると痛くなるよ
いつまでも泣き止まなかった

嫌な事や 悲しい事は
ヴィデオにとって
リボンをつけ
誰にもわからないところにしまっておくよ
どこに かくすのか?
頭の中のビデオ館だよ

ときどき 一人で見るから
絶対に忘れないよ
おじいちゃんが迎えに行ったとき
お前は泣いた
それも しまってあるのか?
あれは うれしかったんだよ
うれしいときも 泣くんだよ

この家に 始めからうまれたかったなあ
と お前は言った
生まれたのはルソンだから
仕方のないことだよ
そう言ったが
何のたしにもならなかった

たまたま 誕生日が同じで
お前を一番かわいがり
何でも買ってくれた
おにいちゃんの事が
お前は 忘れられるか

六年生が終わろうとする
十二月十九日
長崎空港から
お前は 一人で飛び立った

おばあちゃん
飛行機の中では親切にしてもらったよ
餅つきの前には帰って手伝うよ
それが最後の言葉となった

担任の先生が来て
元日には六年生を代表して
新年の誓いを言うようになっていた
と 唖然として帰って行った

あれから 三回目の餅つきの日が来たが
まだ何のたよりもない。

ルソン生まれの
タガログの少女であったお前が
いつかは この文を読み
自分のビデオ館で
検証する日があるのであろうか

ご連絡はこちらへ

Sending

©2019 鬼のつぶやき https://kawamura.from.tv

Log in with your credentials

Forgot your details?